12/31卒業のモーニング娘。鞘師里保が本当は「ぼっち」でも「変態」でも「絶対的エース」でもなかったとしたら?

モーニング娘。’15のエース、鞘師里保が、2015年12月31日を持って同グループを卒業することを表明した。これまで「絶対的エース」としてモーニング娘。を牽引してきた人気メンバーの突然の卒業発表はまさに青天の霹靂となってファンを襲った。公式ブログでの突然の表明という発表の仕方もこれまでにないものだった。

スポンサードリンク

モーニング娘。メンバーの卒業といえば、半年や1年前から予定が告知され、ファンとの交流イベントが開かれ、本人がフィーチャーされたラストシングルが発売され、大会場での卒業コンサートが催され、そこでの卒業セレモニーを経て卒業、といった手順を踏むのが通例である。卒業記念グッズの発売やイベントの開催について、「卒業商法」などと揶揄する向きもあるが、そのメンバーのファンにとっては。最後の思い出として心置きなく散財し、しっかり思いを込めて応援することによって、共に「卒業」するなり、次の推しメンバーに移行するなり、気持ちを固めて前に進むことのできる大事なプロセスでもある。

ところが、今回の鞘師里保の卒業は、突然年内卒業が表明されたこともあり、こうした一連のプロセスが存在しないことになる。卒業シングルの発売はあるようだが、大箱(大会場)でのラストコンサートは日程的に不可能だろう。事務所からしても、あたら鞘師ほどの人気メンバーの卒業特需が見込めないような急な卒業を、あえてする理由はない。事務所と鞘師との間に、マネジメント上の問題が発生したような形跡もない。となると、この卒業日程および卒業そのものについては、鞘師本人の意向が色濃く反映されたものであることは想像に難くない。

鞘師里保は、なぜこうも急に卒業を決めてしまったのか?

およそ人が仕事や学業など、それまで専念していた道を断念したり、組織から離脱したりする場合において、それが何か単一の理由によるものであることは少ないだろう。普通は、比率の大小こそあれ、複数の要因が重なったものであるはずだ。そしてそれは、ネガティブな要素とポジティブな要素が共存するものなのではないだろうか。

もちろん、ポジティブな理由として、得意なダンスを極め、もっと広い世界に挑戦したい、という思いはあるだろう。しかし、それは通常の卒業プロセスをすっ飛ばして「今すぐ」という理由にはならない。

鞘師里保を襲った不調

気になる徴候はあった。今年の夏、鞘師は体調不良を理由に一部のコンサートやイベントを欠席し、復帰後のラジオ『ヤングタウン』(7月25日放送)で「疲れ果てて」「朝、立ち上がることが出来なかった」と語ったのだ。

さんま「どうだったんや。体調不良だったんか、疲労だったんか」
鞘師「は多分、疲れ果ててしまった感じです
さんま「舞台もやって、疲労やろうな多分~。ふら~っとするの?」
鞘師「初めて立ち上がれなかった…」
さんま「嘘やん!」
鞘師「立ち上がれないというか立ち上がりたくない、みたいな
さんま「わがままか!」
鞘師「違います違います! 体がボキボキで立てない、とかいうんじゃなくて…立ち上がるにも…」
村上「立ち上がれないねんな、意志があっても」
鞘師「はい」
(『ヤングタウン土曜日』7月25日放送より)

「体がボキボキとかじゃなく」「意志があっても立ち上がれない」というのは、単なる体調不良、肉体的な疲労ではないことを示している。意志とは裏腹に体が言うことを聞かず、立ち上がれない・起き上がれないというのは、精神の変調の徴候だ。

鞘師里保は期待に応え続けてきた

思えば鞘師里保は、常に期待に応え続けてきた。広島の名門芸能スクール期待の俊英として、鳴り物入りでモーニング娘。に加入した鞘師は、弱冠12歳にして高橋愛や新垣里沙らプラチナ期の実力者と堂々と渡り合うステージングを見せ、見事に期待に答えた。鞘師のパフォーマンスを見た誰もが新世代エースの誕生を確信し、事務所もメンバーもファンもさらなる期待をかけ、エースとして扱った。

思えば、鞘師里保は、こうしていついかなる時でも期待に答えてきた。

当初の鞘師は、ダンスに比べて歌はそれほどのスキルを持ち合わせていなかった。鞘師本人も、スクール時代にダンスには打ち込んだきたが、歌にはさほど自信がなかったので最初は戸惑った、と語っていた。しかし、「エース」の期待と待遇は、鞘師に歌でも中心メンバーであることを要求していた。結果、鞘師は見事に期待に答えた。発展途上と評された歌声は、声変わりを経て、毎公演絶叫しても破綻しない(舞台LILIUM)鉄の喉と表現力を身につけた。

9期加入後しばらくしてからモーニング娘。は、ダブステップをフィーチャーしたいわゆるEDMサウンドを導入し、難易度の高いダンスを統率の取れた動きで見せていく、「フォーメーションダンス」というダンス路線に舵を切った。この路線についてプロデューサーつんく♂は、「鞘師、石田の加入が大きい。あの子たちがかなり踊れることをどう生かすかを考えた結果」と語っている。ここでも鞘師は期待に応え、「実はバキバキに踊れて格好いいのが今のモーニング娘。」というイメージを印象づける象徴的役割を果たした。

しかも鞘師の場合は、石田亜佑美と違ってダンスセンターではなく、「絶対的エース」としてダンスでも歌でも最前面でグループの誰よりも抜きん出た実力を発揮することを期待されている。ファンの期待、事務所の思惑、メンバーの信頼。重圧は少女の双肩にのしかかる。

それでも、モーニング娘。’14まではメンバーの精神的支柱の役割を果たした伝説的リーダー、道重さゆみの存在に救われていた。道重は鞘師の加入当初からそのスキル部分ではなく、可愛さに着目して「とにかくカワイイ」と寵愛の限りを尽くしていた。これが鞘師にとっても救いと癒やしとなっていただろうことは想像に難くない。しかしそれだけではなく、メディアやMCで前面に立つのは常に道重で、鞘師らが守られていたことも大きい。しかし道重の卒業後、そのバランスが崩れることになった。

ネットでは、鞘師を押しつぶした重圧の原因として「エース格メンバーがリーダー的にグループもまとめようとした結末」と分析する声もある。

結成当初を除き、ほとんどの時期でリーダーがエース格メンバーの先輩だったということ。この事でエース格メンバーは、例えばインタービューなど対外的な活動、グループを代表するような発言はある程度押さえられていた。

最初は結果論としてそうなったのだろうが、これが何もしなくても注目を浴び、時には叩かれたり・非難されるエース格メンバーの負荷・重圧を軽減するための 役割分担だったのだと思う。」
「そんな関係が崩れたのが、道重さゆみ卒業後。エース格メンバーとリーダーが9期(=同期)になってしまった。結果コンサートでは今までとちょっと違う光景が発生していた。2015年春に見たツアー。ここでは鞘師里保がMCとかでも積極的に喋ろうとしていた。

鞘師里保は正直そんなに喋っていなかった。元々ダンススキルが高く、パフォーマー気質なので、そういうメンバーでもなかったと思う。まとめ役含めて、当時のリーダー道重さゆみが回していた。それでグループのバランスが取れていたのだろう。
だが、それが変わった。13人と明らかに大所帯となったグループを必死に引っ張ろうとしてる様子が、何となく見えた。
モーニング娘。センター(エース格)の歴史と重圧。鞘師里保卒業理由と次期センターの条件とは | アナザーディメンション

鞘師は常に過大な期待をかけられ、それにストイックな努力で応え、サイヤ人のように重圧をはね返して成長してきた。しかし、最終的にはその期待が17歳の少女のもつキャパシティをオーバーしてしまったのではないか。(ある意味では、これもまた「さゆロス」の現象の一例と言えるのかもしれない)

本誌ゲストライターのkogonil氏が紹介している演劇女子部ミュージカル『サンクユーベリーベリー』の一場面から、示唆に富む一節を引用しよう。

どうしょうもない俺らを、美稲崇は、大事に大事に宝石のようにあつかった、と。
大事に大事にあつかわれて、どうしょうもなかったはずの俺らが変わった、と。
大切に扱われて、大事にされたことで、丸富高校のメンバーは、自分たちを変えてくれた合唱部の先生に感謝を述べる。そう扱われたから、そう思われたから、扱われたとおりに、思われたとおりに、自分たちが変わったと。
鞘師里保はなぜ「カリスマ」だったのか ~衝撃のニュースから一夜明けて~ | エンタメアライブ

鞘師里保は、絶対的エースとして扱われたから、エースになろうとした。扱われたとおりに変わろうとした。しかし、その期待や評価が過剰だったり、本人の意思や志向と乖離していたりする可能性については、ほとんど考慮されることはなかった。

道重さゆみは、鞘師里保について卒業前のインタビューで次のように語っていた。

鞘師も「エースとして私がひとりで引っ張っていかなくちゃ」 じゃなくって、「ひとりじゃない。9期っていう仲間がいる。後輩たちもいる。私も含めOGの先輩たちも見守ってくれてる。ファンの方たちもいる」って気付いてほしい。忘れないでほしい。自分にはいっぱい味方がいる。その方たちを信じて、安心感の中で頑張ってほしいなって思います。緊張、緊張の中で頑張る のって本当にツラいと思うし、何言っても頑張るのが9期なら、安心感の中で頑張ってほしい。「ひとりじゃない」って思ってほしいです。
モーニング娘。’14 道重さゆみ卒業インタビュー | Special | Billboard JAPAN

しかし、状況は道重さゆみが願ったものとは全く別の様相を呈する。

鞘師里保が時に1人でいることが多いとしても、それはマイペースな性格の現れとして解釈されていたし、道重がフォローしている間は鞘師が完全に孤立することはなかった。しかし道重卒業以降、鞘師里保には「ぼっち」(一人ぼっちの意味)「ひとりほりほ」というキャラ属性が付与されることとなった。これは道重卒業後に、事務所が、あるいは本人が、個性や「キャラ」を確立しようとして迷走した産物なのかもしれない。しかし、結果は無残なものだった。

同調圧力の高い10代少女の社会において、「友だちがいない」「ぼっち」というのは、大人が想像する以上に深刻なストレスと恥辱を伴う。(だからこそ「便所飯」などという現代語も生まれた。一人で昼食を摂るところを人に見られるくらいなら、不潔なトイレの個室にこもって食べたほうがマシ、という悲痛な言葉だ)

庇護者である道重がいた内は「自虐ジョーク」としてギリギリ成立していたのかもしれないが、9期が一番先輩になってからは、ネタですまなくなっていた。

ブログやオフィシャル写真で、鞘師が孤立して「ぼっち」になっていることを強調する場面が増えた。しかも、これは大人が主導していたものという情報もある。

元SKE48の松井玲奈がそうであったように、アイドルグループのセンターは精神的にも物理的にも孤独だ。鞘師は楽屋などでも“ぼっち”でいることが多かったという。 スタッフが、ぼっちの姿を写メで撮影してマネジャー同士それを楽しんで、エースを盛り上げようとしたこともあった。 9~12期の現メンバーのなかには、期の枠を超えて仲良くするメンバーもいるが、鞘師は「私は、友達がいないので…」と、レギュラーを務めるMBSラジオ「ヤングタウン」で自虐的に笑いながら漏らすこともあった。
モー娘。卒業・鞘師“ボッチ”が多かった孤高のエース (東スポWeb) – Yahoo!ニュース

マネージャーがぼっちの姿を撮影して楽しんで?エースを盛り上げようと??

…ちょっと理解し難い。

「いじり」と「イジメ」の境界線は非常に曖昧なものだし、当人も自虐的にジョークにしていることを周りが面白おかしくネタにしているだけだ、と言えるかもしれない。しかし、いくら自虐ジョークと言っても、自分で言って楽しいものではないし、人から言われれば多少なりとも心に傷がつくものだ。しかも、大人がそれを率先してからかってふざけている。これでは全く逃げ場がない。教室内で教師がいじめに加担して問題が深刻化する構図にそっくりだ。周りの大人達までがあげつらってからかい、本人もネタにしているとなると、メンバーたちの歯止めも効かなくなる。モーニング娘。ツアーの日替わり生写真(それぞれのメンバーのソロ写真に、一言コメントや手書きイラストがプリントされたもの)では、鞘師里保の広島凱旋公演の写真に、鞘師が他のメンバーから孤立しているイラストを描いたメンバーもいた。
はっきり言おう。この構図はイジメだ。(安易に悪ノリしたメンバーを責めるつもりもないが)

全員がメンバーの家に集まり食事をするなど、「史上最も仲の良いメンバー」と言われたモーニング娘。’14を率いた道重さゆみは、鞘師里保に対して「『ひとりじゃない。9期っていう仲間がいる。後輩たちもいる。私も含めOGの先輩たちも見守ってくれてる。ファンの方たちもいる」って気付 いてほしい。忘れないでほしい。自分にはいっぱい味方がいる。その方たちを信じて、安心感の中で頑張ってほしいなって思います」と願った道重さゆみは、果たしてこの結末を見てどう思っているだろうか。

思えば元々人見知り傾向のある鞘師だったが、少なくともグループ内ではそれなりに打ち解けていたし、10期や11期とも交流していた。同期の生田を早朝に呼び出して朝食を共にしたこともある。11期の小田さくらに抱きつかれるのが実は内心嬉しくて「理想の妹は小田ちゃん」と惚気けたり(?)もしていた。決して、根っからの「ぼっち」だったわけではない。

実は、ここでも鞘師は「期待に応えた」のではないだろうか。

事務所もそういうキャラ設定を推しているし、メンバーもファンもどうやら喜んでいるみたいだ。そう考えた鞘師は、カメラが入っている仕事ではことさら「ぼっち」を演出し、メンバーも強調し、ファンも「さすがひとりほりほw」とネタにして盛り上がった。

そう考えると、「変態」というのもファンの期待に答えてエスカレートした過剰なキャラ付けだった可能性が高い。

さらに言ってしまえば、「絶対的エース」という金看板も、彼女のスキルや適正はともかく、期待に応えたものであって、彼女の元々の嗜好や適正ではなかったのかもしれない。

もちろん、元々の鞘師にエースの素養も変態の素質もぼっちの性向も存在していたが、周囲の期待に応えようとするあまり、過剰適応してしまったのではないか。

本当の鞘師里保は

道重は、事あるごとに真面目過ぎる鞘師を心配し、16歳の歳相応な甘さや可愛さを出して、ファンから愛されることを願っていた。

さゆみは、
頑張ってないナチュラルりほりほが好きだけど
頑張っちゃうのがりほりほなんだよねっ りほりほには、素直な自分を出すことを恐れないでほしいなぁっ
りほりほ県|道重さゆみオフィシャルブログ「サユミンランドール」Powered by Ameba

もしかすると、道重だけが「絶対的エース」でも「ぼっち」でも「変態」でもない、鞘師里保の素顔と本当の魅力を見ていたのかもしれない。

明石家さんまは、『ヤンタン』で鞘師の決断について、なぜとも聞かず、「大正解」「人生長いから、ちょっとでも悔いのないように」「失敗しても道を選ぶのが人生。失敗を失敗だと思わない、失敗を楽しめる人生を暮らすのが一番」と全肯定してエールを送った。これはさんまが鞘師を買っているというのもあるだろうが、夏以降の鞘師をずっと見てきたがゆえの対応でもあったと思う。さんまは長い芸能生活で、精神的に追い詰められた人を沢山見てきだたろうから。

いずれにせよ、鞘師里保はモーニング娘。’15を年内で卒業し、日本を離れてダンスを続ける道を選んだ。私たちにできることは、それまでの日々を精一杯応援し、鞘師の姿を目に焼き付けることしかない。あとは、ありがとうなんかもいっぱいいっぱい言いたい。

それから、「鞘師は絶対に世界的なダンサーになって戻ってくる!」とまでに過剰な期待はかけず、ある意味では鞘師の堂々たる決意を真に受けすぎず、「待たないで待っている」くらいのスタンスで鞘師を送り出してあげたいと筆者は思っている。これは先に投稿されたゲスト記事『 鞘師里保はなぜ「カリスマ」だったのか ~衝撃のニュースから一夜明けて~ 』と正反対の結論になってしまうし、「神の子」鞘師里保が世界的ダンサーになることを信じて応援するのがファンの常道だとしても、このくらいのスタンスの支持者がいていいのではないかと思うのだ。

日本国内での重圧と過剰な期待という鎧から解き放たれた生身の鞘師里保が、新しい世界でどんな飛躍をするのか。成長して帰ってくる日を楽しみにしつつ、半分はもう戻ってこないのかもしれないとも思いつつ、過剰な期待でプレッシャーをかけずに、忘れたふりをして待ちたい。

本稿の内容としては『ハロプロ男子校’15』ですでに語った内容が核となっているが、鞘師里保卒業の衝撃を咀嚼した結果として、憶測としても一つの考え方を卒業までに形として残しておきたかったものである。鞘師本人の口から語られる卒業にいたる「真相」については、本日発売の『B.L.T』掲載の1万字インタビューで、おそらく公式的に語られる最後の「本音」を胸に刻みこんで各自が受け止めるべきか。

(文=宮元 望太郎)


Sorry, the comment form is closed at this time.