元カントリー・ガールズ島村嬉唄、インスタライブ配信で “黙っていなくなって、ごめんなさい” とファンに語りかける

元カントリー・ガールズの “うたちゃん” こと、島村嬉唄が再びファンの前に姿を現した。
2018年9月19日の21時を少し回った頃、インスタライブという形で、およそ56分にわたって、リアル生配信を敢行したのである。

インスタライブに至るまで

このインスタライブについては、その数日前に、島村のインスタグラムアカウントのストーリー上で本人が予告していたものでもあった。
そう、島村嬉唄は、個人のインスタグラムのアカウントを取得し、あくまで一般の女子高校生として、高校生活をエンジョイしている様子を活写した画像や動画などを時折アップしていた。あくまで個人としての、ごく普通のSNSライフとして(従って、当記事では、そのアカウントにリンクはしない)。
そんな島村のアカウントに、かつてのファンがコメントしたことから状況は変化を見せる。当の島村が、ファンのコメントに反応したのだ。

芸能界を離れて一般の学生として日々を送っていた島村がかつてのファンのコメントに反応したということについては、SNSを巡る昨今の事件簿が想起されて、それなりに厳しい内容が想像されるところかと思う。しかし、島村の実際の反応は、そうした不穏な想像とは異なって、かつてのファンに “ご挨拶もできずにいなくなってしまってごめんなさい“、”今でも好きって言ってくれて嬉しい” と述べるものだったのだ。脱退後に YouTube で発見された音声のみの動画(謎3.あの「動画メッセージ」は本物だったのか?)も、本人によるものであると明らかになった。その後、個々の応答から島村の高校の学園際に至るまで、どのような個別のやり取りがあったのかは詳らかではない。
が、そうした経緯があった上で、繰り返し、予めストーリー上で予告があった上で、元カントリー・ガールズの “うたちゃん” こと島村嬉唄は、およそ1時間にわたって、インスタライブ上で、ファンの前に姿を見せてくれたのだ。

元カントリー・ガールズ 島村嬉唄

今更、言うまでもないだろうが、島村嬉唄は、2014年に、ハロプロのメンバーとなっている。
翌2015年3月で活動停止となるBerryz工房から嗣永桃子がカントリー娘。を継承する形で再始動させたカントリー・ガールズのメンバーとして選ばれていた。

2014年末から2015年にかけて、”可愛いだけで正面突破” とも言われる圧倒的な可憐さで、それなりに歴の永い斜に構えることに慣れきった場数を踏んだファンすらも徹底的に魅了して(謎5.「うたちゃんフィーバー」とは何だったのか?)、カントリー・ガールズは、おそらくは当初の事務所の想定以上に快進撃。
その快進撃の中心には、”可愛いだけで正面突破” とも言われた可憐さの中心には、島村嬉唄がいたことは、繰り返し、今更、言うまでもないだろう。

しかし、多くのハロプロファンが知るとおり、この快進撃は半年ほどで急に失速することになる。2015年の6月、島村は契約を途中解除となり、グループから脱退する。

それから3年。今や高校三年生となった島村が、上述の通り、再びファンの前に姿を現してくれたという次第。その島村のインスタライブは、一番多くの視聴者が集まったタイミングで五千アカウントを越えたという。

変わらぬ愛らしさと可憐さの衝撃

およそ56分におよぶインスタライブにあっては、途中カメラの角度を変えたり三脚がおかしくなったりするハプニングを交えながら、リアルの友人と思しきアカウントが視聴していることに興奮したり、インスタグラムのいくつかのメニューがわからず困っていたりといった場面も比較的長めに配信されたりもしたが、何よりも、多くのファンを魅了した、可憐さと愛らしさと控えめさが、そのままであったことには多くの視聴者が、率直に驚くことになった。

インスタライブのコメントに答える形で、多くのファンを魅了した『愛おしくってごめんね』の “ごめんなさいねポーズ” をしてくれたり、嗣永先輩の得意技であった “こゆビーム” を再現したり、アルバイトをしていると話してくれたり、ギャルではなくクラスでは陰キャであると述べたり、進学はしないで就職を考えているとか、芸能界に戻ることは「とりあえず」考えていないなど、近況も(個人情報について厳しい昨今、むしろ心配になるほど)語ってくれた島村だが、中でも、カントリー・ガールズのメンバーとは、今でも連絡を取り合っているとする証言に胸を熱くした者も多かったのではないだろうか(梁川と船木の連絡先は知らないとのこと)。

かつてのメンバーと連絡を取っていることに加えて、アイドルとして活動していたことについても、”とても大変だったけど、とても楽しかった“、”すばらしい体験をさせてもらった” と述べている。何より、こうした、ふり返ることが難しいものとなったはずの過去の経緯に関わることを、特に表情を歪めるでもなく、ごく自然に、愛らしい笑顔をそのままに、なんら衒うことなくファンに向けて語る姿こそ、そして、その姿が昔日と変わらぬ愛らしいものであったことこそ、印象的だったとする視聴者も多い。

ハロプロに所属していた当時から島村ファンであることを公言していた夏焼雅が、このインスタライブを視聴していたのではないかと興奮する向きもある。また、おそらくはリアルの友人のものであったと思しきアカウントに、何度も「もも~♪」と語りかける姿に、その島村の愛らしさによってだけではなく、胸を抉られた者も多かったのではないだろうか。

そして、およそ1時間にわたるインスタライブで島村が語った内容で特筆すべきことが3つある。それを以下に、それぞれピックアップしてみよう。

ライブ配信はまたやります

その第一は、今回のインスタライブが最後にはならないだろうということだ。

ライブ配信の後半には、ツイキャスや SHOWROOM、あるいは YouTube などの選択肢を(コメントするファンに問いかけるような形で)検討するような場面も見せて、改めて後日また、何らかの形でこうした配信をしたいと述べていた。

学校との両立が難しかった

島村が契約を途中解除となった際に、”責任あるマネジメント” なる文言が飛び出して、実際に何があったのか、多くのファンを巻き込んで、様々な憶測がネット上を飛び交った(謎1.島村嬉唄はなぜ脱退したのか?)。

この件に関しても、島村は、”元々身体が丈夫な方じゃなかったから、当時はほんとに大変で、学校にも行けてなかった” ので、だから脱退に至った旨、語ってくれている。
当時、事務所と家族との間でトラブルがあったのではないかとも囁かれたが、学校との両立が難しかったというのが実際のところのようだ。さらには、ライブ配信中、映像の外側にいた母親との会話で、一瞬「病気」という単語が囁かれる場面もあって、もしかしたら島村は当時から何らかの持病を抱えていたのかも知れない。

この件は両者に言い分があり、事の真相は当事者しか知り得ないところだが、それでも、それなりのしかたがない事情があってのことであろうことが本人の口から語られて、3年前の辛い出来事を今尚引きずるファンにも、”納得” の糸口が与えられたのではないだろうか。

何も言わずにいなくなって、ごめんなさいね

そして、何より、ライブ配信の一番冒頭で述べられたこと。
このライブ配信の、そもそもの動機でもあったことだと補足しながら、島村は “何も言わずに急にいなくなって、ごめんなさい” と、3年越しにファンに、ちゃんとご挨拶をしてくれた。
そして “今は毎日、とても幸せに過ごしている” と、ファンに向けて微笑むのだった。

*****

思えば、不幸な形でファンの前から姿を消したアイドルが、悲壮さを一切感じさせず、むしろ当時に倍する明るさと愛らしさで、改めてファンに向けて、往時のことを語るというのは前代未聞ではないだろうか。

そして、その内容が “何も言わないまんまに、急にいなくなって、ごめんなさい” というものであることは、そうしたご挨拶をファンが望んでいたという以上に、ファンがその可憐さの向こうに見ていた島村嬉唄という一人のアイドルの誠実さと愛らしさが、3年越しに裏付けられたという点でこそ、アイドル史上に残る出来事ではないだろうか。

何より、今でも自分を気にかけてくれるファンのみなさんに、ご挨拶したかったと自ら望んでの配信であったということも。

最後に大きく繰り返しておきたい。
“脱退” という非常に残念な形で私たちの前から姿を消した一人のアイドルは、当時のことを “楽しかった” と述べ、”貴重な体験だった” とも述べて、今でも自分を気遣ってくれるファンのみなさんに “何も言わずに急にいなくなって、ごめんなさい” とご挨拶し、”今は幸せな毎日を過ごしている” と報告してくれたのだった。

(文=椿道茂高)

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