つばきファクトリー『今夜だけ浮かれたかった』はなぜ名曲か?

② 「作詞:児玉雨子」からの考察

予備知識として、この曲が「曲先」であることが、児玉雨子本人から語られている(こちらのインタビューより。また、母校のインタビューでは曲先が九割と語っていたことも)。断片的な情報をまとめると、中島卓偉→児玉雨子→つばきファクトリー→中島卓偉(コーラス)の音楽のたすきリレーが浮かび上がる。残念ながら「編曲:炭竃智弘」の場所を決定できるソースはないが、一つ目の → のところだろうか。

細かいことだけれども、『今夜だけ』がどんな順番で制作されたかが気になる理由を挙げればキリがない。畑は違えど、各々ハロプロの代表曲を持つ二人のクリエイターが満を持して、この作品で(意外にも?)初めてタッグを組んだという注目度の高さから。二人のクリエイターの個性が見事に調和し、聞けば聞くほど美しくまとまっている印象を受けるこの曲を、いかにしてアップフロントがディレクションしたか興味深いから。つんく♂以外の新世代ハロプロ楽曲クリエイターたちの楽曲制作スキームはどんなものなのか知りたいから・・・などなど。作品のデモ音源を聞き「これは夏の曲だ!夏じゃなきゃだめだ!」と直感したという上述のインタビュー中の挿話は、特に二つ目の問いに対する答えのヒントとなり得るが、名曲の生まれる瞬間は、直感的で存外にあっさりしたものなのかもしれない。

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さて少し脱線したが、本章では歌詞について。

温度、湿気、においなどの要素を巧みに散りばめ、真夏の切ない夜の物語を歌詞によってありありと描き出す技術もこの曲の傑作たらしめる要素。グループで「祭り」に出かけて、「花火」を見に行ったはいいが、思いをどう伝えたものかとギクシャクしてしまって、と歌詞によって主人公の物語を勝手に補完して追体験してしまうにもかかわらず、歌詞には一切の「花火」とか「祭り」とかいったありがちな文言が一切出てこないんだから、なんというか、恐ろしい。

つまりこれは、歌詞の空白のさじ加減が絶妙だといえよう。で、空白にも二種類あって、文脈によって完璧に補完される空白(例:火薬のにおい→花火)と、完璧には補完されず解釈の余地が多く残る空白がある。

後者には、たとえば。

その1。「あの子との会話には 間なんか無いな」の“あの子”は男か女か?“あの子”はグループで一緒に来ていた男で、主人公は興味のない男となら自然な間で会話できるのに、という解釈。もしくは“あの子”はグループで一緒に来ていた女で、主人公が好意を寄せる”あなた”が”あの子”と自然に会話してるのを見てジェラシー。両方の解釈が成立するため答えは出ないかもしれないが、自分の中の“あの子”像が当然のものとして出来上がっていた方も多いはず。ちなみに投稿者は女だと思っていました。

その2。「星空を見なくて済んだ」のはなぜか。屋内にいるはずだったから派と『上を向いて歩こう』派に分かれる。前者は、過激な児玉雨子ワールドに立った解釈であり、その意味するところについては詳しい説明を要すまい。カントリー・ガールズ楽曲に代表されるかわいい系の作風とはうらはらに、『低温火傷/つばきファクトリー』の草稿段階では「女の子じゃなくなっちゃいたい」という過激な歌詞があったように、従来のハロプロの歌詞と比べ、生々しく、アグレッシブな作風も持ち合わせているのだ。そして後者はもちろん、涙がこぼれないように、である。これは少数派だが、このフレーズが登場するのが“別れ”を予感させ始める後半であるから、とか、そもそも主人公は思いを伝えられない弱気な女の子で、帰りの夜道でひとり泣いちゃったんじゃないの?とか説得力のある理由があり、こちらの解釈も成立する。

その3。「浴衣を着なかったわけ」とはなにか?圧倒的多数は、過激な児玉雨子ワールドを根拠に、脱いだら着るのが大変だから派。一方でバカに出来ないのが、ガチンコ勝負の格好をして集団から浮いたら恥ずかしいから派である。後者については、つばき本人の沖縄でのリリースイベントでの海水浴での格好にまつわるエピソードと通底する面があるかもしれない。小片リサの後日談によると、イベント終了後に海水浴の時間が十分にとれることが事前にわかり、楽しみにしてはいながらも、つばきメンバーのSNS上のやり取りがあまりに素っ気無かったため、みんなあまり乗り気じゃないものと理解してしまい、ブログ中の写真ではなんとも心許ない中途半端な服装になっているのだという。少しでも迷ったら、無難な方を選ぶ心理だろう。「浴衣を着なかったわけ」は、そんな集団力学の機微をサラッと表現したフレーズと捉えることも可能だ。

と、こう言った具合で作詞と作曲のあらゆるレイヤーでの議論が尽きない。ファン同士が、ああでもないこうでもないと口角泡を飛ばし、後に明るみにでた裏話に触れ、膝を打つ。そんな、何次元にも拡がる、多角的な楽しみを提供してくれる作品となっているのだ。

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