つばきファクトリー『今夜だけ浮かれたかった』はなぜ名曲か?

① 「作曲:中島卓偉 」からの考察

動画は『今夜だけ』のコーラスレコーディング。中島卓偉の名人芸といえばコレでしょう。コレどうすか?・やってみて?・いいんじゃない?とディレクターとの数少ない言葉のやりとりで、楽曲制作の仕上げに当意即妙のコーラスをポンポン当てはめていく様子は、実に痛快だ。「♪ボンボンボンボン バッドゥワ」とか、時に本来の歌詞を差し置いても、つい口ずさみたくなる魔法のコーラスワークで、新しい音楽性をハロプロにもたらしてくれた人が、この曲に仕掛けた妙味はそれだけに留まらない。

まず、動画後半のインタビューで本人が“ギミック”と表現した、サビの唐突な転調が特徴。本音と世間体を行き来する主人公の心のアンビバレンスを垣間見てしまったようにハッとする仕掛けが、楽曲全体を一本の串のごとく貫き、それがグルービーでもある。マイナーからマイナーへの展開自体も、最初はしっくりこないなぁと思いながら、聞いているうちに快感に変わる。そんな不思議な鑑賞体験を味わえる。

サビは、メロディー自体が比較的単純なフレーズの繰り返しだが、つばきのみんなの声の圧力に迫力がのっかる曲だから、ライブ映えする曲となる。ひょっとして、声に迫力を乗せやすいように、ちょうどいい音域を計算して作ってあるんだろうか。もしこの転調がなければ、サビの圧倒的な迫力が失われてしまうのじゃないだろうかなどと、素人考えで思ったり。

また、Cメロがあるのも中島卓偉ワークスの特徴であり(『大器晩成/アンジュルム』にもあるよね)、つんく♂の作曲に馴染み切った耳には新鮮だ。そもそもハロプロのつんく♂楽曲にCメロがなかったのは、ハロプロ全体のプロデューサーとして高い作曲ノルマが求められた、かつての環境要因ゆえに、メロディーがあるのならば別の新しい曲を作ったほうがいいという発想に基づく。実際この曲でCメロは、 音楽的・物語的なカタストロフィへとなだれ込む装置として、見事に機能している(もっとも、装置を装置たらしめる歌詞をあてた作詞家もすばらしいが)。

そしてレコーディング動画の締めくくりには、つばきファクトリーバッヂをつけて、つばきを見守ってくれているともコメント。つばきを愛してくれている楽曲提供者を、そして彼の曲をつばきのファンが愛さずにはいられまい。

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